プラチナ・ジュエリーの国際的広報機関による情報サイト
2017/12/22
午後から舞い始めた雪が、日暮れてから本降りになった。窓の向こうに見える庭も、みるみるうちに白く染まりつつある。
台所から、温かなにおいが漂ってくる。クリスマスイブにビーフシチューを作ろう、と思いたったのが三日前。材料を買いに行ったのが一昨日。作り始めたのが昨日で、肉はもう充分柔らかく煮えている。あとは帰宅する夫を待つだけだ。
わたしはつけていたエプロンをはずし、窓辺の椅子に腰をおろした。外は白く煙ったように見える。少し風も出てきたようだ。
夫と出会って恋におち、結婚したのは、すでに遠い昔のこと。あんまり遠くなりすぎて、思い出すと目がくらみそうになる。
出会って間もないころ、猫が好きだと話したら、次のデートの時、虎毛の子猫をレインコートの内ポケットに抱いて現れた。どうしたんですか、それ、とびっくりして訊(き)くと、彼は大まじめな顔で、これから僕が留守の時は、こいつがあなたを守りますから、と言った。彼は仕事の関係で、しょっちゅう日本を離れていた。
守る? このちっちゃい猫が? わたしは思わず、噴き出しそうになった。彼は当時から、芝居がかったことをする男だった。
虎毛の痩せた子猫は、抱いてやると情けない声でみゃーと鳴いた。彼は猫の頭をごしごしと撫(な)で、おまえも男なんだから彼女をしっかり守るんだぞ、と耳元で話しかけた。
猫はよく食べ、どんどん成長し、体格のいい立派な雄猫になった。結婚したわたしたちは、猫をまじえた暮らしを始めたが、彼の忙しさは変わらなかった。変わらないどころか、一年のうち半分は海外。わたしはいつも独りだった。
朝起きて会社に出勤し、まっすぐ帰って猫と一緒にごはんを食べ、猫と一緒にふとんにもぐる。離れて暮らすのも楽だし、悪くない、と思うこともあったが、さびしいと感じることのほうが多かった。こんなふうに時間が過ぎていくのなら、結婚なんかしなきゃよかった、とぶつぶつ口にし、友達相手に安ワインをがぶ飲みすることもあった。
そんなある日。しばらくぶりに帰国して、珍しく十二月いっぱい共に過ごした彼が、年明けて再び仕事で出かけなくてはならなくなった時のこと。
雪がみっしりと積もった庭に出て、朝から何やらごそごそやっていた彼が、玄関先でわたしを呼んだ。行ってみると、彼はブリキの箱を恭しく手にして立っていた。箱の中には、大きな雪うさぎが載っていた。