Vol.3 王たちに愛されたプラチナ | プラチナの歴史 | プラチナ・ジュエリーの国際的情報サイト|Platinum Guild International
Platinum Guild International

プラチナ・ジュエリーの国際的広報機関による情報サイト

A HISTORY of PLATINUM JEWELRY

section1 フランスで花開いたプラチナ加工技術

ヨーロッパ各国が競ってプラチナの精錬、冶金、加工の技術を研究した18世紀後半。その成果が最も花開いたのが1780年代のフランスです。フランス国王ルイ16世は「プラチナは王にのみふさわしい貴金属である」と宣言。専属の金細工師、マルク・エチエンヌ・ジャネティに指示して、
さまざまなプラチナ製の宝飾品を作りました。その一つが、1786年に制作され、現在はニューヨークのメトロポリタン美術館に所蔵されている「プラチナ製砂糖壼」です。ジャネティはまた、度量衡のメートル原器(フランス国立古文書館蔵)を作ったことでも知られています。経年による磨滅が生じず、基準を狂わせない金属として選ばれたのが、耐久性の高いプラチナでした。

1786年、プラチナの加工法の確立によって生まれた「プラチナ製砂糖壼」(メトロポリタン美術館蔵)。

section2 最高の貴金属の地位を獲得したプラチナ

プラチナ愛好家として知られたのが、スペイン王カルロス3世です。科学者シャバノーに精錬技術を研究させ、1789年、ローマ法王ピウス6世に献上したのが「プラチナの聖杯」です。プラチナ地金を使って銀細工師が制作したこの高さ90センチ、重さ2キログラムの聖杯は、それまでヨーロッパで正当な評価を得られなかったプラチナが18世紀後半に入って最高の貴金属の地位を獲得したことを物語っています。
次のカルロス4世ともなると、アランフェス宮殿内に黄金の間を凌ぐ「プラチナの間」を作らせたほどでした。壮大で華麗な時代を反映し、その部屋は至るところにプラチナの装飾が施されています。

1789年、スペイン王カルロス3世がローマ法王ピウス6世に献上した「プラチナの聖杯」(バチカン美術館蔵)。

PAGE TOP